医療アドバイザーの紹介

★齋藤加代子先生(東京女子医科大学遺伝子医療センターゲノム診療科 特任教授)

 この度のSMA 家族の会のアドバイザーのご指名、謹んでお引き受けさせていただきます。

 振り返りますと、20 世紀の最後にSMA 家族の会が設立され、20 年を超えました。1995 年にSMA の原因遺伝子である SMN1 遺伝子とそのコピー遺伝子SMN2 遺伝子が発見され、遺伝学的検査による診断法が確立し、筋生検を受けないで採血により診断ができることで、診療の現場に応用されました。現在では、SMA の確定診断法として保険収載されています。2009 年にはSMA 家族の会の設立当初からの悲願である国の指定難病として承認を受け、2015 年には小児慢性特定疾患として承認され、「SMAってなに?」という時代から、多くの医療関係者や製薬企業が治療薬の開発の対象疾患として認識する時代となっていきました。

 

 2012 年のある日、製薬企業の方が面会に来られました。アメリカで実施しているSMA の治験がとても良い成績なので、日本も国際共同治験のメンバーにならないか?という話でした。歩けなくなったSMA の方が、歩けるようになった、という情報に、当時、耳を疑いました。日本ではSMA に関しては「治験」の実施はそれまで1 件もありませんでしたので、当時、適応外使用として、医療現場で医師の裁量で処方されているバルプロ酸ナトリウムの有効性と安全性を確認すべき、という考えで国の研究費による医師主導治験を実施しているところでした。フランクフルトでの治験打ち合わせ会で、「寝返りができるようになるので、ベッドから落ちないように気を付けて」というコメントが新たな時代の到来を予測させるものでした。そして、SMA の新薬による治療の時代が始まりました。

 SMA 家族の会の皆様、SMART コンソーシアム(SMA 患者登録)に登録をしてくださっている皆様のご尽力のお蔭で、日本はSMA の治験をきちんと実施する国として評価され、さらなる低分子医薬品、遺伝子治療薬の治験の申し込みが次々に来ています。より良い治療法を希望する方たちが治療法を選択するというSMA 新時代の到来は間近です。現在のSMA、そして未来のSMA のために、どうぞよろしくお願いいたします。

 
 

★石川悠加先生(国立病院機構八雲病院 診療部長)

 呼吸についてのアドバイザーとして関わらせていただいています。

 現在は国立病院機構八雲病院小児科にいますが、2020 年8 月に、札幌の国立病院機構北海道医療センターに新築移転します。SMA など神経筋疾患の非侵襲的換気療法(NPPV またはNIV)センターを開設します。

 

 ご存知のように、10 年前から根本治療薬が使用されてきたポンペ病において、呼吸リハビリテーションの活用の機会が増しています。SMA においても、病態を改善する治療薬が導入され、より積極的な呼吸リハビリテーションの成果が期待されます。排痰のための咳介助の機械(カフアシスト)も条件の工夫が世界中で進められています。呼吸を健やかに保ち、肺や胸郭の成長発達を育むために、深呼吸や、アクティブ・バランス・シーティングを用いた車いすも大事です。

 

 また、パソコン操作などに関しては、当院作業療法士田中栄一やSMA の方々によるウェブサイト「ひらけごま」も参考にしていただければと思います。eスポーツに関するアシスティブテクノロジーも紹介されています。

 

★熊谷俊幸先生(くま在宅クリニック 院長)

 SMA 家族の設立20 周年おめでとうございます。

 設立当時からアドバイザーに名を連ねてきましたが、最近長らくご無沙汰して行事への参加がほとんどなく申し訳なく思っております。設立当時、若々しい創設当時のメンバーの皆様と交流した日々が懐かしく思い出されます。

 

 そもそも私が小児科学の分野の中でも神経筋疾患を専門としたきっかけは、小児科医局に入局して最初の赴任先の病院でのことでした。顔は賢そうなのに首から下が全く動かないSMA の赤ちゃんを診て、このような不思議な病気の存在に大きな感銘を受けたためでした。

 

 神経筋疾患を専門にして仕事ができる職場ということで、大学院修了後に愛知県心身障害者コロニー(現愛知県医療療育総合センター)に赴任しました。そこでたくさんのSMA をはじめとする筋疾患の患者さんの診療にあたり、今も形を変え続けています。

 

 7 年前にコロニーを定年退職後、「くま在宅クリニック」を自宅で開業し、コロニー在職中に診て来た SMA 等で在宅人工呼吸の患者さんなどの訪問診療を始めました。また、コロニーで週1 回の外来も続け、そこでSMA の主として2型の患者さん等の経過を見ています。その中で、5人の患者さんから治療を是非受けたいとの希望があり、大学病院等にヌシネルセン髄注治療をお願いし現在治療継続中です。どなたもすでに成人例ですが、それなりの効果が出ている印象です。

 

 SMA の患者さんと最初に出会って約20 年後に遺伝子診断ができるようになった時は大変な驚きでした。更にそれから20 年余たった現在、ついに遺伝子治療薬が開発され効果が上がっているのは重なる驚きです。SMA の医療からは本当に目が離せません。

 

 最後になりましたが、SMA 家族の会の皆様の、ご健康とご多幸をお祈りいたします。

 
 
 
 
 

★齊藤利雄先生(国立病院機構 大阪刀根山医療センター 小児神経内科)

 Up to date の新規治療薬剤の登場で,SMA の治療環境はどんどん変わっていっています。現在投与可能な薬剤、臨床試験が進行中の薬剤のいずれも、SMA 患者さんの病状を大きく変えています。医学書のSMA の記述も、これから大きく書き換えられていくでしょう。医療関係者の知識も、常にupdate が求められる状況です。

 

 患者さんの病状が変化すれば、患者さんの生活する環境も変わっていきます。社会は、この変化に対応できるように柔軟であらねばなりません。社会もupdate が求められています。

 

 安定した在宅生活を送りたい患者さん、社会に積極的に出て活躍したい患者さん、患者さんの病状によって思い描く生活、人生はいろいろだと思います。医療関係者は、患者さんの病状の変化にのみ目を奪われがちですが、その病状の変化によって、患者さんの生活がどのように変化していくのかということにも目を向けねばなりません。

 

 Up to date の治療が患者さんの生活に何をもたらす可能性があり、そのためには社会がどのようにupdate されねばならないか、皆で考え、皆up to date であらねばなりませんね。

★鈴木真知子先生(四天王寺大学 看護学部)

 SMA 家族の会20 周年、誠におめでとうございます。

 

 私と家族の会との出会いは、広島の大学にいた時に2型で家族会の役員をしていた方のご紹介によるものでした。

 SMA の方たちとは、ご縁があったようで、1型のお子さんとは、そのもっとずっと以前より関わりがありました。そのお子さん「えりちゃん」は3 歳で、当時、大学病院に入院中でした。お母さんは、農家のお嫁さんで、自宅に連れて帰ることはできず、お母さんもずっと病院暮らし。先の見えない毎日を過ごしておられました。特に治療もなかったので医療者が訪室する機会は少なく、その分、学生の実習で病棟へ行っていた私は、ゆっくりえりちゃんやお母さんとお話しする時間が得られました。土日には、えりちゃんをストレッチャーに乗せて、アンビューで海の見える近くの公園へ散歩にでかけていました・・。

 

 今は、治療法も発見され、先への期待が持てるようになりました。しかしながら、治療によって得られた効果を生かし、子育てを手助けする支援方法は充分に開発されているとは言い難く、身近で手を貸す専門職者を見つけるのは難しい状況にあります。私もお子さんの学習や「コミュニケーション」の環境を構築する方法を模索し続けていますが、今は科学も進展し、専門職者の意識も変わり、AI やビッグデータなど多様な専門領域の知識や技術を結集できる機会も増えました。

 

 私は、2年前に京都大学を定年退職し、京都大学ビッグデータ解析分野の研究員をしながら往復6時間以上かけて、準備室か らこの4月に誕生した四天王寺大学看護学部に勤めています。私事ですが、4年ほど前に発病し、体力勝負の毎日ですが、皆様から学ばせていただいたことを思い返しながら「もうちょっと、もうちょっと・・」と自分に言い聞かせながら仕事をしていま す。

 

 次の30 周年は、どんな社会になっているでしょうか?

 「何かできることがあるはず?」を問い続けながら、皆様とご一緒に「前へ」進んでいきたいと思っています。

★浦野真理先生(東京女子医科大学遺伝子医療センター 臨床心理士)

 家族の会の事務局から20 周年のお誘いを頂いて、とても感慨深く、お祝いさせて頂きたい思いを強く持ちました。それというのも、家族会の設立にあたって、21 年前の秋、当時小児科教授だった斎藤加代子先生から、お手伝いのご依頼があり、以前の会長さんでいらした慎さんや福島さんとご一緒にお部屋やボランティア集め等の準備をさせていただいたからです。

 

 当初はまだ、バリアだらけの女子医大の会議室で不便をおかけしましたと思うのですが、活気あふれる話し合いに、同じ思いを持った方たちとの交流の場を持ちたいというご家族の思いがひしひしと伝わってまいりました。お子さんたちはボランティアの医学部の学生さんたちと少し人見知りをしながらも、徐々にコミュニケーションを深めて笑顔を向けながら遊んでおられたのを思い出します。

 

 事務局が動き出し、会員の数も増え、その後、Ⅰ型の会やおやじの会、おふくろの会と小グループでの活動にも繋がってこられました。事務的なサポートは卒業しておりましたが、外来だけでなく、おふくろの会に顔を出させていただいたり、関西支部に呼んでいただいたりしながら、患者さんとご家族のさまざまな悩みを聞かせていただくことが自分の経験にもなりました。この頃は遺伝カウンセリングという概念がまだ日本には本格的に根づいていなかった時代ですが、当センターの外来には次のお子さんについての相談やご家系の方たちからの相談がたびたび舞い込んできていて、会の皆さんから聞いたさまざまな思いがとても役に立ち、他のご家族へ還元できることが喜びにもなりました。

 

 5/11 の会では、役員の方たちがご準備に慌しく動かれている様子を見ながら、昔の自分を思ったり、新しい会員の方たちも多く、年月の重みを感じたり、様々な想いがよぎりました。会のますますの発展をご祈念すると同時に、これからも会員の方たちへのお手伝いを続けていきたいと思っています。

★佐々木千穂先生(熊本保健科学大学 言語聴覚士)

 SMA 家族の会の設立20 周年おめでとうございます。私が家族の会のお手伝いをするようになって10 年弱ですが、この10 年間で「医療的ケア児」という用語を耳にすることが比較的多くなったように思います。異なるお子さんたちのそれぞれの個性や特性を、1つの用語でくくって使うことには抵抗がありますが、一方でなかなか知っていただく機会の少なかったお子さんたちのことを、社会に知っていただくためには良い面もあるのかもしれません。

 

 この間私自身は言語聴覚士の養成課程から、本学で新しく立ち上がった地域包括連携医療教育研究センターという部署に自ら希望して異動になり、以前にも増して医療機関以外の支援に関わることが多くなりました。本センターのキャッチコピーは「地域で育ち、地域で暮らし、地域で看取る」ですが、どうしても地域支援の中で「子ども」の支援は後回しになりがちです。そのような状況を少しでも変えるべく、この原稿の締切日である8 月31 日の本日「医療的ケア児の発達支援における合意形成に関するワークショップ」を開催しました。Zoom というオンライン会議システムを使い、全国各地にお住いの会員の方々にもご協力をいただき、参加者の方々と発達支援についての諸問題について共有する機会を持ちました。

 

 医療や介護・福祉はもちろん大切ですが、教育や発達支援をセットにして語られることが少なく、まだまだ全てのことにおいて当事者や家族の方々の自助努力に負うところが多いと感じています。多くの方々にこの病気のことを知っていただき、どの地域に住んでいてもその人らしく生き生きとした生活が送れるようなお手伝いが少しでもできればと思っています。

★境 信哉先生 (北海道大学 医学部保健科学研究院)

 この度、医療アドバイザーを継続させていただくことになりました北海道大学の境です。記憶が曖昧で申し訳ございませんが、平成16 年頃から医療アドバイザーとしてお世話になっております。普段、私は医学部作業療法学専攻で教員をしており、日々、作業療法士の養成と研究活動に従事しております。医療アドバイザーに就任してからの約15 年間、SMA 家族の会の皆様には研究などを通して大変お世話になりました。この場をお借りしましてお礼申し上げるとともに、遅ればせながら研究成果について報告させて頂きます。

 

 平成20 年にご協力いただきました、Ⅰ型のお子様の親御様を対象としたお子様のスイッチ使用状況・言語発達・上肢機能・QOL に関するアンケート調査の結果は、平成24 年に日本小児神経学会が発行する学術誌「脳と発達」に論文として掲載されました。また、同時期にⅠ型のお子様を対象としたスイッチ活動の遠隔支援を開始しましたが、こちらは多くの皆様にご協力いただいたにもかかわらず、十分な効果を上げることができませんでした。この場をお借りしましてお詫び申し上げます。平成24 年にはⅠ型のお子様のコミュニケーション手段に関するアンケート調査にご協力いただきました。この調査を基に作成しましたコミュニケーション発達里程票は、SMA 家族の会ホームページの「Ⅰ型の子どもさんのコミュニケーション支援の手引き」に掲載しております。この研究は、医療アドバイザーの佐々木千穂先生との共同研究によるもので、論文は平成27 年に熊本保健科学大学の保健科学研究誌に掲載されました。

 

 末筆ながら、今後も医療アドバイザーとしてSMA 家族の会の皆様に貢献できるよう努力したいと思っております。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

★西尾久英先生 (神戸学院大学総合リハビリテーション学部)

 はじめに:SMA 家族の会の皆様、兵庫県の西尾久英です。30 年以上、SMA の患者様を診てきました。アドバイザー就任のご挨拶にかえて、私自身が目の当たりにしたSMA 治療の進歩についてお話しさせていただきます。これは、皆様に、現在の(そしてこれからの)SMA 治療には大きな希望があることを知っていただきたいと思ったからです。

 

 SMA の呼吸管理:1980 年代まで、「70~80%のSMA1 型の赤ちゃんは、2 歳までに死亡する」というような状況が続いていました。1990 年代以降、SMA1 型に対する人工呼吸管理が普及して、その「70~80%のSMA1 型の赤ちゃんは、2 歳までに死亡する」というような状況を脱することができました。

 

 SMA の分子病態:しかし、SMA の根本的治療を目指すためには、SMA の分子病態を明らかにする必要があります。1990年、SMA の疾患遺伝子は5 番染色体にあることが分かりました。そして、1995 年、ついにSMN1 遺伝子とSMN2 遺伝子が同定されました。SMN1 遺伝子はSMA の疾患遺伝子であり、SMN2 遺伝子は疾患修飾遺伝子です。SMN1 遺伝子が欠失したり、変異を持ったりするとSMA になるのです。SMN2 遺伝子が増えるとSMA は軽症化します。

 

 治療開発の歩み:確かに、SMN2 遺伝子は、ある程度ならSMN1 遺伝子の働きを補完できます。そこに注目した研究者たちは、SMA 治療戦略として、SMN2 遺伝子の働きを高める工夫を考えるようになります。現在、日本で広く使われるようになったスピンラザ(一般名ヌシネルセン、アンチセンスオリゴ製剤)は、SMN2 遺伝子のスプライシングを修正する作用を持っています。乳児期発症のSMA(主にSMA1 型)に対する治験で明らかな運動発達の改善が認められため、2016 年米国で認可され、翌年には日本でも認可されました。

 

 スピンラザ治療から学んだこと:スピンラザ治療の経験が蓄積し、いろいろなことが分かってきました。それは、(1)全体的に、乳児期早期からスピンラザ治療を開始した患者様のほうが運動発達の予後が良いこと、(2)3 歳を過ぎてから治療しても、いったん失った歩行能力を取り戻すことができた患者様もいること、(3)また、成人してから治療しても、歩行能力は再獲得できなかったものの、上肢機能が著しく改善し、日常生活動作の範囲が拡大した患者様がいること、等々です。

 

 新生児スクリーニングとリハビリテーション:現在、スピンラザによる早期治療を目指して、新生児スクリーニングが始まろうとしています。また、リハビリテーションの領域では、スピンラザ等の薬物治療と、ロボット・スーツHAL を使った理学療法を組み合わせた新しい治療法が研究されています。また、スピンラザ治療で上肢機能が著しく改善することから、日常生活の向上を目指す作業療法も新しい展開が図られています。

 

 おわりに:スピンラザが登場して、SMA 治療が一変しました。スピンラザのおかげで、治療時期についても議論できるようになり、リハビリテーションの重要性の理解も従来以上に深化しました。これからもSMA の治療は進歩し続けます。次世代の薬剤も続々と出てきます。例えば、ゾルゲンスマ(遺伝子治療製剤)、リスジプラム(経口スプライシング修正製剤)は、ともに各国政府の承認を待っている状況にあります。これら以外にも、さまざまな機序によって、SMA の病態を改善する薬剤の開発が進められています。SMA は治る疾患になりつつあるのです。これからのSMA 治療には大きな希望があります!

 
 

★松平千佳先生 (静岡県立大学短期大学部)

 SMA の子どもたちに遊びを届け、そして保護者の皆さんに遊ぶことの重要性を伝えるために協働してきました、日本ホスピタル・プレイ協会です。

 

 教育学、心理学、文化人類学、哲学などなど、「遊び」は、様々な分野の研究者によって研究されています。「遊び」の定義は数百、いや数千あるといわれています。遊びは歴史を超え、文化を超え、生物の種を超えて(犬もカラスも遊びます)行われる活動です。また、遊びの目的は「遊び」以外になりません。遊びたいから人間は遊ぶのであって、目的は他にありません。これほど、複雑でありながらシンプルな行為には、何がしかの意味づけがあるはずです。ある研究者は神様とのコミュニケーションツールとして「遊び」を位置付けています。あっちの世界と交信しているのだと。

 

 残念なことに「遊び」は誤解されやすいです。大人になるため遊んできたにもかかわらず、成長した途端、遊ぶ必要はないという態度をとる大人も少なくはありません。病気を持つ子どもたちも、遊びにアクセスする可能性を簡単に奪われてしまいます。遊びには子どもを癒す力もあるのに、治療の邪魔だと評価する人もいるぐらいです。「遊びを奪われた子どもたちは囚人のようだ」と、HPS 生みの母、スーザン・ハービーは書き残しています。遊びを奪われた子どもたちは、生きる意味や価値を見いだす機会を奪われてしまうと彼女は考えました。生まれてきてよかった、自分には役割がある、自分の存在が違いをもたらしている、このような「ともに生きよう」とする感覚の種は、遊びの中から生まれると私は考えます。能動的に動くことが難しい子どもだからこそ、ケアをする者が薬や治療と同じぐらい「遊び」が必要なんだと、意識し工夫し遊びを届ける必要があるのです。

 

 「遊び」はとても平和な活動です。「遊び」はとても豊かな活動です。先日も、1 歳のSMA のお子さんと遊ぶ機会を持ちましたが、遊びを通して目まぐるしく変わる子どもの表情、遊びたいがゆえにおきる体の動きや変化、そして何よりも子どもの体からあふれる生きる喜びをお母さんは肌で感じ、心から感動していました。

 

 豊かに遊んだ子どもは創造力のある大人になっていきます。遊びはとても真剣な楽しみなのです。どうぞ、懸命に、真剣に遊んでください。我々もお手伝いをさせて頂きます。

 

★長谷川三希子先生 (獨協医科大学埼玉医療センター 理学療法士)

 みなさん、こんにちは。この度、SMA 家族の会の医療アドバイザーとして関わらせていただくことになりました。獨協医科大学埼玉医療センター理学療法士の長谷川三希子です。家族の会とは、設立の時からご縁があり、20 年お世話になっています。その間、SMA の患者さんとそのご家族からは多くのことを学ばせていただきました。2017 年にご協力いただいたアンケート調査では、多くの設問に加え、リハビリへの期待、励まし、日常感じる思いなどを寄せていただき、背筋を正す思いで何度も読み返しました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

 齊藤加代子先生のご指導のもと、東京女子医大在職中には臨床、治験等を通じ、多くのSMA の患者さんを担当してきました。今年より職場は変わりましたが、引き続きSMA のリハビリテーションについて新しい挑戦が出来たらよいなあと思っています。継続して「幼児期からの電動車椅子の必要性」について検討していく予定ですし、それに加えて、SMA の新しい治療と併用した効果的エクササイズについて発信していきたいと考えています。私にとって、SMA の患者さんとご家族は、これらのテーマに一緒に取り組んでくださる仲間だと思う今日この頃です。同時に医療アドバイザーを機に、微力ながらも私の経験を必要とされる方々へできる限り還元させていただけたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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